Beyond


2019

Vol.9 硬式野球部4回生 元氏玲仁

チームのために自分が変わる!!

副将としてこだわった”伝え方”とは?


本日のBeyondは、硬式野球部4回生の元氏玲仁さんです。

イップスに悩まされながらも、硬式野球部の副将として、チームを引っ張り続けてきた元氏さん。

高校時代は、“日本一”を経験し、自らの経験を立命館大学体育会硬式野球部に還元しようと様々な努力をしてきました。

イップスと向き合い手にしたものとは?

副将としての思いの“伝え方”とは?

自らの言動で、チームメイトの意識を高めてきた元氏さんに、高校・大学での野球人生を語っていただきました。



「栄光と挫折」

京都府出身の元氏さんは、小学2年生から地元の野球チームで野球を始めました。当時から、「甲子園に出場したい!」という強い思いがあったと言います。

中学では、クラブチームで野球を続けます。軟式野球の全国大会では、春夏全国優勝を達成し、強豪チームのピッチャーとして活躍しました。

「甲子園優勝なら平安しかない」という思いから、高校野球の名門、龍谷大平安高校に進学しました。

元氏さんは、部員数110人の中で、高校1年生の春から活躍します。そして、2014年春の選抜大会では、全国制覇を成し遂げ、憧れの“甲子園”の舞台で“日本一”に輝きました。

“栄光”を掴み取り、ここまでの元氏さんの野球人生は順風満帆でした。しかし、この直後に“挫折”を経験します。

全国制覇を成し遂げた直後の近畿大会で、ファーストへの悪送球があり、それが原因でイップスになってしまいました。

イップスになった後も、ピッチャーとして試合に登板しますが、自分のフォームに違和感がありました。当時は、投げ方をどのように直すか必死に考える日々だったと言います。

高校3年生の最後の大会が終わり、高校の監督から大学の話をされ、「大学でも野球を続けたい!」という強い思いがあった元氏さんは、立命館大学に進学しました。



「投げたくない」

立命館大学に進学後も、ピッチャーとして再び輝きを取り戻すために試行錯誤を繰り返します。

しかし、同学年のピッチャーが新人戦のメンバーに入り試合で活躍する姿を見て、「投げたくない」「ブルペンなんか入りたくない」という思いになることもあったと言います。

そして、大学1回生の秋に監督から、「外野手やってくれ。」と言われます。

元氏さんは、「ピッチャーとして大学で投げたい」という思いはありましたが、監督からのこの一言で、外野手としての練習を始めます。この外野手としての経験が、ピッチャーとして復活するための“希望”を与えてくれます。

外野手として遠投することによって、ピッチャーとしての感覚が少しずつ戻ってきました。そして、外野手としての新しい練習も新鮮に感じ、楽しく練習に励むことができたと言います。

外野手としての練習をしていく中で、「試合に出場するチャンスがあるところで勝負したい」という思いになり、大学4年間は、投手ではなく外野手として野球を続ける決断をしました。

コツコツ努力を積み重ね、外野手として4年間を過ごしてきた元氏さんに、今年の秋のリーグ戦で再びピッチャーとして登板する機会が与えられました。

リーグ戦初登板となった、関西学生秋季リーグ最終戦(vs同志社大学)の8回に、元氏さんがマウンドに向かいます。

そして、自己最速の147kmを出しました。4年間の元氏さんの努力が最後に形となった瞬間でした。

高校2年生からイップスの壁と向き合い、苦しみながらも野球を楽しんできた元氏さんは、大学最後の1年は、副将としても多くの壁にぶつかります。そして、その壁を乗り越え自分自身を、硬式野球部を強くしていきました。



「やらなあかんな」

先輩達が引退した後、新チームでは、元氏さんが副将に任命されました。

チームを引っ張る立場になった理由は、「やらなあかんな」という思いだけだったと言います。

名門校で日本一を経験してきた元氏さんは、「大学に入学し、高校時代は当たり前のように全員が行っていたことが、大学ではできない人が多いと感じた。」と言います。

元氏さんは、1.2回生の時に、「本当にこのままでいいのか?」「もったいないことをしているな」という思いをずっと持ち続けていました。

しかし、先輩に言いたいことを言える環境ではなく、「伝えたいことをしっかりと伝えられるポジションに自分がいないといけないという強い思いがあった。」と言います。

そして、自らチームを引っ張る役職になりました。

「チームを変えたい」「思いを伝えたい」という元氏さんは、4回生になり、副将になったことで、「伝え方」を最も気をつけたと言います。

1.2.3回生の時は、同学年や後輩に対して、近寄りがたい存在で、思ったことを伝える時や、怒る時は、厳しく指導していたと言います。

しかし、4回生になり、同学年からもよくいじられるような存在になり、元氏さん自身もいじりを受け入れるようになりました。そして、思いを伝える時や、怒る時も、しっかりと相手に伝わるように“会話”をして伝えるようになったと言います。

元氏さんは、これまでのスタイルや、プライドを捨てて、チームがより良くなるために自分自身を変化させました。

野球に対する姿勢はもちろん、チームのために自分自身を変化させた副将の姿は、後輩に多くのものを与えたことでしょう。



「分岐点」

元氏さんにとって硬式野球部は、「分岐点」だと言います。

元氏さんは、「硬式野球部での4年間は、高校の3年間よりも圧倒的に自分自身が変化した。自分の野球人生においての分岐点だと思う。イップスと向き合った経験、外野手としての経験、副将としての経験の全てが、“今”に繋がっている。」と語ってくれました。



元氏さんは、大学卒業後に軟式野球の社会人チームでプレーすることが決まっています。

社会人チームで、再び投手としてマウンドに立って”日本一”を掴み獲る日を楽しみにしています!!

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