Beyond


2019

Vol.13 硬式庭球部4回生 家邉聖治

学生主体だからこそできること!

テニスを通して高め合った4年間!!


本日のBeyondは、硬式庭球部4回生の家邉聖治さんです。

小学4年生からテニスを始め、中学・高校・大学と常に高みを目指して競技を続けてきた家邉さん。

大学では、選手として競技を行うだけではなく、硬式庭球部のトレーニング担当やリクルート活動にも積極的に取り組みました。

大学でテニスを続けようと思った理由とは?

4年間硬式庭球部に所属して感じたこととは?

ただ競技を続けるのではなく、しっかりと自分の目標を掲げテニスと向き合ってきた家邉さんに、ご自身のテニス人生を振り返っていただきました。



「より強い環境へ」

京都府出身の家邉さんは、社会人になってからテニスを始めた父の影響で、小学4年生からテニスを始めます。

小学生の頃は、テニス以外にもピアノや書道も習っていたと言います。

当時の家邉さんは、人見知りでテニスクラブに通うことが嫌な日もありました。しかし、幼い頃から身体を動かすことが大好きだった家邉さんは、運動神経が良く、テニスは周りの人達よりもはやく上達していったと言います。

テニスが上達していくことで、テニスをプレーすることが楽しくなっていきました。

家邉さんは、テニスを始めた小学4年生から中学2年生までは、同じクラブでテニスを続けていました。

しかし、中学3年生になると、「より強い環境でテニスをしたい」という思いが強くなり、京都府宇治市のクラブにチームを変える決断をしました。

家邉さんは当時を振り返って「中学生という周りの環境によって大きく変わることができる時期なので、より強い環境に身を置きました」と語ってくれました。

中学3年生から通い始めたチームは、京都府で1位2位の選手も所属するチームで、家邉さんはそんなレベルの高い環境で1年間テニスを続けました。

すると、環境を変えたことで、すぐに結果が変わります。

家邉さんは、チームを変える前までは、京都府大会で初戦敗退が多かったですが、中学3年生で初めて京都府大会でベスト4に入ります。

大会で結果が出るようになり、テニスがさらに楽しくなっていきました。

そして、「高校でもテニスを続けたい」という思いから、京都外大西高校に進学します。



「東山高校を倒したい」

家邉さんが、「高校でもテニスを続ける」「京都外大西高校でテニスをする」と決めたのには明確な理由がありました。

1つ目は、「団体戦をやりたい」という思いです。

テニスは、基本的に高校から団体戦が始まります。家邉さんは、幼いころから父の出場する団体戦の大会を観戦し、団体戦の応援の雰囲気や、チームで戦っている雰囲気がすごく好きで、「高校で自分も団体戦を経験したいと思った」と言います。

2つ目は、「東山高校を倒したい」という思いです。

東山高校のテニス部は、家邉さんが中学生の頃から京都府で1位を獲り続ける強豪校でした。京都外大西高校は、東山高校に次いで2位という構図だったと言います。家邉さんは、「京都府で1位を獲り続ける東山高校を倒して全国大会に行きたい」という思いが強く京都外大西高校に進学したと言います。

この2つの思いを持ち、京都外大西高校でもテニスを続けました。

そして、高校2年生の時に、家邉さんの思いが叶います。

京都府の大会(団体戦)で東山高校を倒して、京都外大西高校が優勝しました。その後、近畿大会でも2位という好成績を収め、全国大会に出場しました。

全国大会では、ベスト8という結果を残し、京都外大西高校テニス部に素晴らしい歴史を刻むことができました。

高校から団体戦を経験した家邉さんは当時を振り返って、「個人戦にはない緊張感があったけど、チームメイトの応援の中、団体戦にしかない独特の雰囲気がすごく楽しかった」と語っていただきました。

そして、指定校推薦で立命館大学に進学することが決まっていた高校3年生の3月に立命館大学硬式庭球部の合宿に参加しました。

合宿を終えた家邉さんは、“ある思い”が大学でもテニスを続ける決断を後押しします。



「学生主体だからこそ生まれる団結力」

家邉さんは、高校では個人戦で全国大会に出場することができず、団体戦でも思い通りのプレーができないことが多く、不完全燃焼だったと言います。

また、大学の団体戦は、高校以上に凄い応援の中プレーすることができます。

「不完全燃焼のままテニスを終わりたくない」「大学の団体戦を経験したい」という思いが大学でもテニスを続けると決めた大きな要因だと言います。

そして、家邉さんは大学入学後すぐに結果を残しました。

1回生の春の大会で、4回生も出場している中、予選を勝ち抜きます。また、団体戦のメンバーにも選出されました。

高校での団体戦では思い通りのプレーができないことが多かった家邉さんですが、大学では、団体戦でも結果を残すことができたと言います。

家邉さんは、「高校では、監督・コーチの指示通りに行っていました。でも、大学では全て学生が主体的に行動しなければなりません。学生主体だからこそ生まれる団結力があると思います」と語っていただきました。

この学生の創り出す団結力があったからこそ、家邉さんは大学の団体戦で結果を残すことができたのでしょう。

2回生、3回生では、後輩との関係性やチームのことをよく考えるようになったと言います。

そして、4回生になると、選手としての活動だけではなくトレーニング担当とリクルート活動を行います。

トレーニング担当では、スポーツ健康科学部の先生とトレーニングメニューを作成して効果的なトレーニングを部員全員に共有してトレーニングを行っていたと言います。

また、リクルート活動では、高校生のテニス部を対象に、立命館大学体育会硬式庭球部への練習参加等の窓口として活動していたと言います。

チーム目標であった、「リーグ戦4位以内」と個人目標であった、「インカレ出場」は惜しくも達成することはできませんでしたが、10年ぶりに1部リーグで勝利という快挙を達成しました。

選手以外の活動も精力的に行ってきた家邉さんが大学での4年間を振り返って、自分にとっての硬式庭球部の存在についてお話してくれました。



「お互いが高め合える場」

家邉さんにとって硬式庭球部は、「お互いが高め合える場」と言います。

家邉さんは、「チームで一つの目標を設定して、学生で主体的にアクションを起こしてきました。体育会という使命感や責任感を感じながら、チーム全員で一つの方向に向かえる環境だからこそ、厳しく言い合って高め合うことができました。立命館だからこそできたことがたくさんあると感じた4年間でした」と語ってくれました。



家邉さんは、大学卒業後は一般企業に勤めることが決まりました。

立命館大学体育会硬式庭球部での4年間の学びを社会の舞台で活かして頑張ってください!!

コメント
名前

内容